2018年2月4日(日)、別府大分毎日マラソンを走ってきました。
結果は2時間42分50秒。サブ45の達成です。
ちなみに参考までにサブ45を達成したときの他の種目の状況としては、
5000m – 16’35” (2017 世田谷競技会)
ハーフ – 1:17’12” (2017 東京トライアルハーフ)
でした。
手元ガーミンの5キロごとのラップは
18’42”-18’45”-18’22”-18’38”-18’41”-18’51”-19’31”-21’22”-9’54”
昨年の古河はなもものタイムを3分ほど上回る自己ベストでした。
秋のトライアルハーフ以来調子を大きく崩し、あらゆるポイント練習をほぼ完璧に失敗するという芸当をこなしながら年末を迎えました。
11月のシーズン初フルは30キロで途中棄権、続く12月の奈良マラソンも2時間52分で完走するのがやっとの状態。
その後少し調子が上がってきたかなと思った年明け、やっぱり走れず。
別大2週間前に出場した赤羽ハーフではキロ4分すら維持できず、1週間前に代々木公園でやった8キロの刺激走でもキロ3分50秒で心拍数MAX、まったく練習にならないような状態。
貧血も指摘されており、もう半ば諦める一方で最後の一週間はほとんど何もせず、体力と血液の回復のみを意識して過ごしました。
そして迎えたレース当日。大分はまさかの小雪酷寒強風。
まあもうテンションダダ下がり。
風上に向かってアップをすると、「いてつくはどう」のような風がすべての特殊効果を打ち消す。もうつらみしかない。
さらに加えて、前日受付でもらった手荷物預け用の袋をものの見事に駅のロッカーに他の荷物と一緒にぶち込んできてしまい、途方に暮れた挙句、近くの売店でお上りさん2000%臭のする袋を650円も払って購入する羽目になり、背中にあったやる気スイッチが完全にオフになったと同時にスイッチの紐が「ぶっ」と音を立てて切れます。
まあとにかくみんなが正規の手荷物袋で荷物を自衛隊の人に預ける中、「何も言わずにまあ受け取れ受け取ってくださいお願いします」っていう顔で一人お土産袋のような奇抜な袋を渡し隊員に怪訝な顔をされるも、トラックに無事積まれるのを確認。
何かを問われる前にその場を離れます。
そしてスタート地点へ。
今回の出走装備はギリギリまで悩んだ結果、寒さ対策としてネックウォーマーとイヤーバンド。アームウォーマーとカーフタイツとフル装備。
さらにランシャツの下に直にフリップベルトを装着しその中にエナジージェルを入れると同時にカイロも忍ばせ全身温め作戦敢行。
これだけ着込んで、途中で暑くなったらいやだなあと思ったものの、寒さで身体が動かなくなるよりは遥かにマシと判断しました。
依然として小雪がちらつく酷寒の中、正午にスタート。
スタートまで15分ほど待たされましたが、防寒対策を完璧にしていたおかげでそんなに寒い思いをせずにスタート直後から身体は普段通り動きました。
調子もわからないのでとにかく周りの流れにのって走る。
すると1キロ通過が3分44秒。次の1キロが3分46秒。
ペースは悪くない。そして今日は足がしょいしょい動く。
ここ1ヶ月、これくらいのペースで2キロも走ると、じんわりと乳酸が溜まるような感覚になり早速息が上がってくるのだけれども、今日はそれがない。しょいしょい動く。
時折強い向かい風にさらされるも大して苦にならず5キロを18分40秒強で通過。次の5キロも跨道橋のアップダウンがあったけど息を上げず通過。18分50秒くらい。まだ全然しょいしょい動く。しょいしょい。
ここで、今日もしかしたら数カ月ぶりに調子いいのかもって思う。その後、少しペースを上げ、女子の2位で走る選手を中心にした大きな集団に追いつき小休止。
追いつくのに若干足は使ったものの、呼吸は一切苦しくない。
苦しくないままハーフの通過が1時間18分40秒。
このまま行けば40分切れるって思う一方で、ここしばらくの調子もあり、このままいけるとも思えず。
とにかく40分切りとか考えず、35キロまではこの集団につこう、僕の中での今日のレースは35キロまででいいと考えながら走る。
そしてそんな好況が変わったのが28キロ過ぎ。
大分市街に入り向かい風の区間に入ったポイント。
向かい風をこらえて少し出力を上げたタイミングで右ハムに痙攣。
かろうじて立ち止まることは避けるもここでペースをしばらく落とさざるを得なくなり、集団から50メートルほど離されます。
結局ここが転換点となります。
しばらくペースを抑えることである程度痙攣がおさまりペースを戻すも、リズムが崩れなかなかもとのペースに戻れない。
そしてあまり強く走ろうとするとまた痙攣しそうになる。
そんなもどかしい状態のまま30キロを1時間52分。
残りキロ4を少し切るくらいで行けばまだ40分切れるのかと思う一方で、今までずっと調子が悪かったのに今日は30キロをこのペースで走れたんだからもう満足じゃんっていう気持ちが出てきたのも良くなかったんだろうな、と今になって反省。
ただ、走っている最中はなんとかしようと一生懸命だったと思います。
とにかく35キロまではなんとか前を追おうと、痙攣ギリギリのペースで走り、35キロが2時間11分50秒。
40分切りはまだいける。
そして35キロの第2折り返し。
ここからラストが超逆風区間。
すごい風。進まない。
風のなすがままにされ、ペースがあっという間に落ちる。
足もさすがにここで売り切れ。まったく動かなくなり、35キロから40キロが21分30秒。
ラストもラストなのにまったく動かず、キロ4分20秒くらいかかりようやく競技場。
こんなにラスト2キロが長いと思ったマラソンは今までにないっていうくらい足が動きません。
それでも競技場に入って計時を見ると2時間41分台。
なんとか42分台は確保しようとスパートし、ゴール。
手元で2時間42分47秒。グロス50秒。
とくにここに壁は設けていなかったものの、区切りという意味ではサブ45。
(サブ45っていい方はあるのかどうかわからないけど)
秋以降、本当に走れない時期が続いていた中で今回これだけ走れたということに対しては安堵以外のなにものでもなく。
波が相当大きいものの、体調が整えばまだこれだけ走れるのだということがわかったのはとてもよかったです。
一方、28キロの痙攣さえなければという悔しさももちろんあり。
寒かったっていうこともあるけど、でも痙攣するっていうのはやっぱりあのスピードを維持し続けられる足ではまだないっていうことで、これは純粋に鍛錬不足だと判断。
足りない部分はまた考えて練習していくことにして、とにかく今日からしばらくはずーっと節制してきたものをすべて解放。
大分の郷土料理を堪能し、いいだけお酒飲んで帰りにアイス買って食べながらひっくり返りました。
今回の好調があってしても、さすがにこの数ヶ月でバーンアウト気味。
今期は3月に板橋を残しているけど、少なくとも今はそこまでモチベーションを保ち続けられる感じはしていません。
なので今はそのことを考えず、しばらくはぼけっと本でも読みながら過ごします。
あ、ちなみにお土産袋に入れて預けた手荷物は、ゴール地点で探したら一瞬で見つかりました。
悪目立ちってこういうことを言うのね。